実験とその結果

用語

 

 

 

怯えてばかりのわたし。怖がってばっかりのわたし。
治したいって思ってるのに、何も行動できていないわたし。そんな自分がずるいって思った。
初めて夕吾に指摘されて、男の子が怖いんだって気づいた時からもう2ヶ月、ガイ・フォークスの後に夕吾が部屋に来てから数週間が経って、もうすぐ11月も終る。時間は確実に流れてるんだよね・・・。
それなのにわたしはその流れに乗れず、怖いって留まって、変わるための行動を何ひとつしていない。
このままじゃだめ、それはわかってる。わかってる・・・。
だからもう立ち上がらなきゃ。
クラスメイトやフラットメイトと、いつまでも本気で渡り合えないのは辛いし悲しい。

ここ数週間、夕吾の言葉やわたしの気持ちも含めて、考えてみた。
差し伸べられている、その手に頼るのは悪いことじゃない・・・頼りすぎて依存するのはいけないことだけど。
でも、助けを得るのは悪いことじゃないはず・・・だから、わたしはひとつ試してみることにした。
自殺行為かもしれないけど・・・わたし自身がどういう反応をするのか、見てみたいって思う。
やっぱり、踏み出すのは怖いけど・・・やってみないと、何もわからないから。

そう思う一方で、わたしは「好き」って感情のことについては考えないようにしている。
男の子を信じきれるのか、自分の気持ちを信じきれるのか、臆病な気持ちをどうにかしきれるのか。
どうしていいかわからないから、どうにかできるのかわからないから、だから蓋をしてずっと、保留状態・・・。

 

 

 

『なぁに、ホタルが LCR 行こうって言い出すなんて珍しいじゃない?』

『今日はスクール・デイズなんでしょ?だってわたし、参加したことないんだもん』

『わたしは最初から行く気だったし、どうせならみんな誘って行こっか』


今日は School Days をもじった、 SKOOL DAZE って名前のダンス・ナイトが LCR である。
参加するには、シャツとかネクタイ、スカートだったり、「学生時代」のような格好をしなくちゃいけない。
みんなこのイベントがまた大好きで、女の子はいかにも高校生のような、チェックのミニスカートを着て髪を高く結ったり。男の子は普通にシャツにゆるいネクタイ、そして黒いトラウザー。
ようはコスプレするイベントが大好きなんだよね、この国の子って・・・。
そういうわたしも、やっぱ参加するにはそういう格好しなくちゃいけなくて・・・でもそんな極端な格好はするつもりないけど!普段着ないスカートと、白いシャツでいこう。いつもおろしてる肩を越すくらいの髪は、ポニーテールにでもしようかな。

フリーダに声をかけてもらって、いつものメンバーで LCR へ繰り出すことになった。・・・もちろん夕吾も一緒。
この実験は、夕吾が来てくれないとできないものだったから、来るって知った時は体が少し強ばると同時に、ほっとしたりもしたんだ。


『わ〜かわいいかわいい!ホタルいつもスカート着ればいいのに!』

『ほんと?ありがと・・・や、スカートは、ね。てかスチューとケヴがそんな格好するとなんかおかしいーっ!』

『オレらも一応高校生の時あったんですケド』

『そーだぞ!オレなんて濃紺チェックのトラウザーだったんだぜ!』

『あはははは、ケヴィンがそれって絶対おかしい!今度写真見せてー!あははは!』


酔った男の子がたくさんいる場所に自ら向かうって緊張をぬぐうように、わたしは気分をハイにして笑って。
でも夕吾が現れると、なんだかそれもできなくなっちゃって・・・途端にわたしは静かになった。
夕吾もケヴィンたちと同じように、白シャツに黒いトラウザーを着てる。これにジャケットとグラスをプラスすれば、絶対バーとかにいそうな感じ。


「なに、ほたるが言い出したんだって?」

「・・・そうだけど。悪いっ?」

「別に。ただ、何をしでかすつもりなのかなーっとね」


・・・落ち着け、落ち着けわたし。
さらっとしてぶっきらぼうな口調と涼しげな顔を見てたら、ほんと意地悪言ってるように聞こえるのに。
目を見るとやっぱりどこか優しい。・・・・・・いやいやいやいや、それは弱みだ。いわゆる、惚れた弱み。
本人にそのつもりはないはずだし、絶対。
それより、実験するんだから・・・気をしっかり持たないと・・・そして LCR に乗り込む覚悟も!

 

 

 

うわ・・・ほんっと異様なほど盛り上がってる・・・!
今日は火曜日で、翌日も授業ある人はたくさんあるっていうのに・・・イギリスの学生はそんなこと気にせずに飲むわ踊るわ、楽しむ時はとことん楽しむんだよね。でも課題はちゃんとやってたりして。ほんと、要領いい。

みんな飲み物飲んで適当に酔ってくると・・・いよいよフロアに降りることになって。
・・・でも踊ってても、全然集中できない。楽しくない・・・これは、いつもの通り。
そんな時間をもう少し過ごして、周りが踊りを楽しみだして本格的に酔いがまわってきた頃が、実験開始時。
とはいっても、要はわたしが本格的に周りが怖くなりだす頃って、ことなんだけど・・・。

わたしの実験・・・つまり、わたしはこの場所にいて今までのようにまた怖くなるのか。
そして、この空間で夕吾を目の前にしたわたしは、夕吾のことを怖いと感じるのか。他に何か、感じるのか。
・・・そして、わたしはいつも通り、この場所にいて怖くなってきた。
今は誰ともはぐれていないから、それだけ少しマシだけど・・・男の子に絡まれることを思えばもう、だめ。
やば・・・どんどん、思い出してきた・・・こわい・・・そうなるって決まったわけじゃないけど、でも・・・!
わたしはどくどく早くなる心拍数に、歪んだ顔をうつむかせる。怖い。
やっぱりわたし、馬鹿だ・・・なんでこんな実験、しようなんて思ったの。なんで思い出しちゃうの。
嫌だ、怖い。嫌だよ・・・。


「・・・・・・」


でも・・・今試さないと、何のために自分からここに来たの・・・。ほら、やらないと・・・!
・・・今夕吾と向かい合えば、わたしは一体何を思うんだろう・・・それも知りたいはずでしょう?
だからほら、顔を上げないと・・・ほらっ。


「ほたる?」

「っ!」

「人に酔ったか?」


名前を呼ばれて、やっぱり上げられずにいた顔をとっさに上げる。誰に呼ばれたかなんてわかってる。
わたしはななめ向かいにいた夕吾の目を見て、彼が言ったこととは別のことを意味していることを知る。この人はわたしに大丈夫か、って聞いているんだ・・・。
それに気づいた途端、わたしの中で何かがぐーっとこみ上げてきて、涙となってぼろぼろあふれてきた。
うそ・・・やだ、何これ・・・!やめてよ、どうして・・・っ。
別に泣きたいわけじゃないのに止まんないよぉ・・・!

わたしが泣き出してしまったことに気づいていたみんなのことは知っているけど、今は説明する余裕も何もない・・・。きっと後で、何か聞かれるだろうって頭の隅で思う。


「ちょっと、上に上がろう」


わたしの涙がひとすじもふたすじもこぼれたのを見て、夕吾はわたしの手を取る。そしてそのままわたしは手を引かれて、生徒たちがお酒を飲んでいる階の隅へと向かった。
実験は、予想以上の結果をもたらした・・・。

 

 

 

「どうした」

「・・・んでも、ない・・・っ」


夕吾が訊いてくれる、それがまた涙をうながして。この人の気遣いにいい加減甘えすぎだ、わたし・・・。

でも夕吾を見たあの時、わたし気づいちゃったよ。
この人がいると、すっごく安心してしまうって・・・気づいてしまった。
実験の結果は、これ。すっごく大きな安心感が押し寄せてきて、ぼろぼろ泣いてしまっている・・・。
そして見事わたしは、安堵以上に好きなんだって気持ちを確信してしまった。
信じきれる信じれないじゃない。そういうのを全部簡単に取り払ってしまって、気持ちだけ確立した感じ・・・。
これってどういうこと・・・?つまり、夕吾の思うつぼ・・・?


「怖いか?」

「・・・な、にが・・・」

「みんなが。俺が」


あったかい光を宿した瞳が、わたしをまっすぐ見ている。わたしのことを心配してくれているんだ・・・。
だからちゃんと返事をしなきゃ・・・まだ、あの花火の夜に言われた言葉を、飲み込んじゃいないけど。
夕吾の言う通りにしたわけじゃないけど。
頭をゆるゆると横に振って、涙の止まりかけた目でわたしは夕吾を見上げる。


「みんなが怖いって思った・・・けど・・・夕吾は、怖くなかった・・・」

「・・・・・・そっか」


わたしの言葉に軽く目を見開いた夕吾が、わたしにとって予想外だった。
そしてその後、彼は視線をひとめぐりさせる。何か、考えているような迷っているような様子で。でも次の瞬間は、あったかさの中に芯の通った光を目に宿して、わたしをまっすぐ見た。とっても、きれいな目。


「・・・それは嫌だった?」


わたしはまた頭を横に振って、そういえば、と思う。
わたしはあの時、嫌だとも思わなかった。自分にとっての負の感情は、何ひとつのぼってこなかった。ただ、しっかりとした安堵だけがあって。・・・今思えば、それってすごいかもしれない。
男の子が怖いって気持ちを、一瞬にしてわたしの中からなくしたのは夕吾だってこと。それって、すごい。
・・・・・・まゆが言ってたのって、こういうことなのかな。

 

結局それからわたしは、夕吾に送られてサフォークに戻った。
その間もやっぱり無言だったけど、とっても安らいでいて恐怖なんてなくて、居心地のいい空間だった。
でも、夕吾への気持ちを確信して、その上安心だなんて・・・。男の子は怖いのに、夕吾は大丈夫なんて。
もともとあった矛盾のような戸惑いは、わたしの中でどんどん大きくなっていった。
好きだと気づいても、確信しても、それを認めるのはわたしには難しかった。

 

 


 

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