Nelson 31棟の動揺

用語

 

 

 

わたしはひとつ大きく息を吸うと、ドアを控えめにノックした。


「 Come in 」


ノックから少し間隔があいて、あーやっぱり寝てるのかな、それともどっか行ってるのかなって思ってたら、いかにも寝起きの声で返事があった。・・・夕吾だ。
わたしはそっとドアノブを握って、ドアを開く。
そして夕吾が眠そうな目でわたしを見たと思ったら、目を見開く彼と目が合った。


「・・・コンバンハ」

「ほたる・・・」

「びっくりした?ごめん、寝てたの起こして・・・入れてもらっちゃった」


夕吾の寮は Nelson Cort ・・・ネルソンってみんなが呼ぶ寮の、31棟。フロントのドアをちょうどキッチンにいた子が開けてくれて、夕吾の部屋も教えてくれたんだ。
わたしは何を言えばいいかわかんなくて、視線をきょろきょろとさせ始める。やっぱりエッセイの後で、本だのハンドアウトだのがあちこちに散乱しているけど、でもそれ以外は思ってた以上にきちんとしてた。もっと汚いかなぁと思っていたから、なんか意外。
汚いけど座れよって言われて、わたしは靴を脱いでぺたんと床にお邪魔する。
夕吾は電気ポットに水を入れて沸かし始めて、またベッドに座り込んだ。


「で、どうしたの」


改めて聞かれると言い出しにくいのは・・・どんな時も一緒なんじゃないでしょうか・・・。今まで意気込んでいたのに、次第にどきどきの方が上回ってきている。やだやだ、落ち着いてよ心臓・・・!


「あのね・・・・・・これは、言わないとって思って・・・っていっても、前にもいっかい言ったけど・・・」

「うん」

「この前 LCR 行った時、わたしすっごく怖くなってしまって・・・また周りにいる男の子みんなが怖くなって、一度そう思うともう止まらなくて」

「うん」

「でもその時、夕吾を見上げたら・・・目が合ったら、怖いって気持ちよりぐーって安心感がわきあがってきて、それで、あの時泣き出したのは、すっごく安心したからで・・・えぇと、あの時は困らせてごめんなさい」

「・・・え?あぁ、いいよ。もともと大丈夫なのかと思ってたから」

「他の男の子は怖いのに夕吾だけは怖くなかった・・・びっくりしたけど本当で・・・それは、知っててほしくて」

「・・・・・・」


なんだか最近、夕吾をびっくりさせてばっかりかも。今も軽く目を見開いてわたしを見ている。
わたしは言いたかったことのひとつをちゃんと伝えられて、少し安心した。勇気を出せて嬉しかった。
目を見開いた後の彼の表情は、割と穏やかで・・・何考えているのかはわたしにはわかんないけど、ちゃんと受け止めてくれたみたいでよかった・・・。わたしは言いたいことその2も、勢いに乗るように話す。


「それと・・・今までなんだか変な感じだったでしょ・・・夕吾とわたし。それってわたしが悪いとこあるし・・・夕吾にもあるって思ってるけど。でもそれもここまでにして、また前みたく仲良くしたいんだ・・・すごく楽しかったから。だから、ごめんなさい」


そう言った後、わたしはこのまま流れに乗って、最後の言いたいことも思い切って言おうと思った。けどその一拍前、いつもの涼しげな雰囲気を再びまとっていた夕吾が口を開いた。


「重要なこと、言ってないんじゃないの」


そう言った夕吾の顔には、意外な、柔らかい笑み。・・・どんどん知らない顔が出てくる夕吾のことを、わたしは本当に知らなかったんだなぁと思う。隠してたんだか人見知りなんだか知らないけど。
でも「重要なこと」って何・・・?わたしが今まで言ってきたことも全部重要なことだよ?
何のこと言ってるんだ・・・なんでこの人笑ってるんだ・・・。

・・・・・・え!待ってよ・・・もしかして。
もしかしてこの人・・・この人、わたしが好きだと思ってること知ってる・・・?
え、でもわたし、そんなそぶり見せたことあった?大体最近会えてなかったから、そんなの知られてるわけないよね?・・・じゃあ何?何なの?それともこのことなの?でもなんで?わたしに言わせたいの?
わたしがあれこれ考えていると、もう一度夕吾が言う。今度はゆったりと余裕の様子で。


「あるだろ、大事なことが」

「・・・なんの、こと・・・?」

「そのすっきりしたような顔。わかったんだろ、自分の本当の気持ち」


・・・夕吾、わたしの気持ち、気づいてる・・・?気づいてるの?そして言わせたいの?
でもわたし、言わないって決めたのに。ただ一緒にいられればいいって。・・・それでも、言わせたいの?
でも言ったら、この居心地のいい関係は崩れやしない・・・?また夕吾のこと、怖くなったりしない?
そんなのは嫌だ。すべて振り出しに戻ってしまうものじゃない。そんなのは嫌だ・・・。
わたしは、今までのようにみんなで楽しくいられれば、夕吾もその中にいて一緒に笑い合えればいいから。それをわたしの恋愛感情なんかで、壊しちゃわないか心配なんだよ。
ねぇ・・・これは本当に、言わなくちゃいけないこと・・・?壊れてしまわない・・・?マイナスにならない?
言うべきか言わざるべきか、戸惑うわたし。その逡巡を見つめる夕吾。
ふと、夕吾はベッドから降りてわたしの向かい側に座り込んだ。見上げていた角度が、格段に縮まる。


「俺はおまえに言わせたいんだよ。中身がなんだろうと、それは前進になる。ほら、言ってみ」


ああ・・・わたしは色んな人に背中を押されてばっかりだ。
万里子さんやアントネーラ、そして夕吾・・・。助けられてばっかりで、気にかけてもらってばっかりで。
いつになったら、自分から動き出すことができるんだろう。そう思うけれど、今回もまた夕吾に助けられてる。
・・・しっかりしないと。助けてもらってばっかりじゃだめだ。自分から動かなくちゃ。
今は、彼の支えで動くことになるけれど、次からは、絶対に。

言わないって決めてたけど・・・今までのようにいられなくなったらって思うと怖いけど・・・でもこれは前進だって夕吾は言う。意地悪で嫌いだと思っていたこのひとが、今はこんなに信じられるなんて・・・。
きっと夕吾なら、この先も仲良く付き合っていけるかもしれない・・・わたしが好きだと告げてしまっても、これまでと変わりなく仲良く・・・。ああでも、やっぱり怖い。どうしよう。
なんてわたしは臆病なんだろう・・・。でもこの心地いい関係が、今のわたしにとっては支えといってもいい。
わたしが一言、告げてしまうだけですべてが変わってしまわない?わたしが言わなきゃ答えが出ないから、わたしはいつまでも同じことを自問するんだ・・・取り返しがつかなくなる前に、何度も何度も。

もう一度、揺らいだ目で夕吾の目を見る・・・彼は、待ってる。わたしが口にするのを、辛抱強く。
・・・言わなきゃ。
ひとつ強くなりたいんでしょう?背中、押してもらったでしょう?自分から動かなきゃって、決めたでしょう?
なら言わなきゃ・・・。
わたしはやっとやっとそう決めて、向かいにいる夕吾の澄んだ目を見据えた。


「・・・・・・・・・わたし・・・夕吾が好き」

 

 


 

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