A Precious Kiss

用語

 

 

 

言ってしまってからは、むしろ妙に胎が据わるというか・・・怖くても、言う前ほどそうは感じなかった。
見返りが欲しいわけじゃない。付き合ってほしいとか、そういうものじゃない。わたしはただ、好きでいられていることが嬉しいから。どんな形であれ、傍にいられればいいんだから。
でもそれは、これからも今までのように一緒にいられるかどうかによるけど・・・。
告白してしまった今、それは危うい気がしてならない。そして取り返しなんて、もうつかない・・・。

目の前で微笑んで、ねぎらうようにぽんぽんとわたしの頭を撫でる夕吾に、わたしは肩の力が抜けた。
好きな人の笑顔の力ってすごい。不安な気持ちを笑顔ひとつで和らげてくれるだなんて、知らなかった感覚。
夕吾は、変わらずわたしに普通に接してくれているんだと思うと、じわじわと嬉しくなってきたんだ。


「そっか。・・・最初、思ったんだよ。自分で気づいてなかったら、恐怖症は治しようがない。そのままだと辛いはずだし、ここでの生活がもったいなくなる、ってな。でもほたるはそれ越えて、男を好きにまでなれた。きっとこれからどんどん良くなってくよ」

「・・・うん。でもこうなれたのは夕吾のお陰だから。ありがとう」


こんなに穏やかな気持ちで男の子に接することができているなんて・・・前のことを考えると嘘みたい。
自然と笑うことができて、夕吾に感謝の気持ちを伝えることができる。
男の子はまだ怖いけど、これはずっとずっと進歩だ。わたしきっと、良くなっていける・・・。
それは夕吾が、今も告白する前のように接してくれているのもあると思う。すごくありがたいと思う。
わたしはそのまま、さっき言うはずだった最後の言いたいことを、今口にする。


「・・・もし、夕吾が嫌じゃなかったら・・・また、みんなと一緒に傍にいてほしいんだ・・・その中で、少しずつきょうふしょう治していきたい」

「みんなと一緒に傍に、ね。ほたるは俺に何を望んでるの」

「え・・・だから、傍にいてくれること」

「どういう風に」

「どういう、って・・・・・・そんなの訊かれてもわかんないよ。違いなんてあるの?」


心なし声のトーンが下がったような気がしていた夕吾の目が、確かな光を浮かべているような感じがした。
わたしは安心したなぁと思ったら妙なやり取りが始まって、どういう方向に向かっているのかもさっぱりで。
だからわたしには、夕吾の口元の笑みの意味だってわからない。


「大きな違いだろ。好きなやつの傍に友達としているのか、それとも恋人としているのか」

「!」

「まさか考えたことなかったとか言うなよ?さぁ、どっちがいい」

「そんなの・・・わたしに任せないでよ・・・その選択肢、夕吾の気持ちそっちのけじゃない・・・特にふたつめとか・・・。わたしそんなの嫌だ」

「俺の気持ち言ったら、ひとつしか選択肢はなくなるぜ。そしたら後には退けなくなるだろ。だからおまえに選ばせてるんだよ」

「・・・夕吾の気持ち、聞きたい」

「そしたらひとつしか選べなくなるぞ」

「それでもいい。わたしはもともと、何も選ぶつもりはなかったから」

「本当にいいのか?」

「うん。・・・聞かせて」


わたしはどんな答えだっていいと思ってた。だってもともと、好きって言うつもりじゃなかったから。友達でいるつもりだったから。だからわたしには、どっちだってありがたいもの。こうして、今までと変わらず接してくれているだけでわたしは十分なんだから。ただ、恋人なら、相手にも好きでいてもらえるってだけで。それってとってもすてきだけど、それは望みすぎだと思うから。


「俺は恋人がいい」

「え」


・・・・・・傍にいられるだけでいい、と思った傍から・・・目が点になるというか、脳停止というか、とにかくわたしの頭の中には「え?」しか浮かばなかった。でも顔はだんだん熱を持っていく。
ちょっと待って、今夕吾なんて言った・・・?恋人がいい・・?
え、でもそれって本当?恋人って確か、両想いじゃないとなれないものだったよね?
・・・じゃ、じゃあ、なに。夕吾はわたしをすきなの・・・?
え、でもまさか。嘘だぁ・・・・・・でも、冗談を言ってるような顔じゃ、ないよね・・・?どういう意味で言ったの?


「何固まってんだよ」

「だっ、だってそれって!えっと夕吾本気?マジでそれ言ってるの?またからかってない?」

「またってなんだよ・・・こんな時にからかうわけないだろ。で、どうするの」

「どうするのって・・・どうするのって・・・。その前に大事なこと、訊いてもいい・・・?」


どうぞって言う夕吾の顔が、心なしか楽しそうに微笑んで見える。でもそれは嫌な感じの笑みじゃなくて、本当に柔らかくて。こんな顔、前は見せなかった。その変化にわたしの方がどきどきしてしまう。


「夕吾は・・・わたしのこと、好き・・・なの・・・?」


既に熱い顔が、言ってて更に熱くなっていくのがわかった・・・だって恥ずかしすぎるよ・・・!
なんだか自惚れているみたいじゃない。ああ、訊かない方が良かったかもしれない・・・恥ずかしい上に、今更答えが怖くなってきちゃったよ・・・。
目の前のひとはそんなわたしの葛藤を見透かしているのか、一通りわたしの反応を見てからその笑みを深くした。


「好きだよ」

「うそ!」

「うそって、失礼だな。おれを何だと思ってるわけ」

「だって・・・わたしずっと、夕吾が何考えてるのかわかんなかったんだよ!意地悪かと思えば優しくしてくれたり、でも普段はなんだか落ち着いてるような飄々としてるような感じで!そんな、まさかほんとにわたしのこと好きだなんて、全然思わなかったんだよ!」


本当に、全然思わなかった。訊いたわたしもばかだけどね・・・。
いつから好きでいてくれたのかなんてわからないけど・・・でももしかして、わたしが男の子が怖いって知っているから、わざと好きな素振りを見せないでいてくれたのかな・・・?ああ、やっぱりこれも自惚れっぽい・・・。
でもそれが本当なら、それと彼の気遣いが、わたしをここまで導いたって考えてもおかしくないよね。男の子ならみんな怖かったのに、いつの間にか夕吾を好きになれてたこと。これってほんとにすごいと思うんだ。
これは夕吾のお陰。ありがとうって本当に思っている。


「優しくしたって逆効果だったしな、ほたるの場合。だから何とかバレないようにしてた。・・・本当は、冷たくなんてしたくなかった」

「・・・あ、ありがと・・・・・・」


なんだか・・・今の夕吾の一言で、すっかり空気が変わってしまったような気がするのはわたしだけ・・・?
なんだか・・・正直、妙な気分がして居心地が悪いというか、何というか・・・。
そんなことを思っているとふと夕吾に名前を呼ばれて、いつの間にか下を向いていた視線を上げる。彼の顔に笑みはなくて、無表情っていうよりはむしろ誠実な表情。


「抱きしめてもいい?」

「・・・・・・・・・どーぞ」


頭の中では、うわあああ!と大騒ぎだったけど、わたしは声に出しそうなのを堪えて、ついに言う。
ゆっくり、優しく抱きしめていく夕吾の仕草が、男の子を怖がっているわたしを怖がらせないようにしてくれているようで・・・嬉しいし、思いやってもらってばっかりで申し訳ない気もする。
思いもしなかった安心感というか充足感というか、そういうものを感じてわたしは少し驚いた。恐る恐るわたしも抱きしめ返してみると、ちょっとだけ夕吾の腕に力が加わって。なんだか、とっても不思議な幸せ感。

しばらく無言で、わたし達はそうしていて。
夕吾の腕の力が少し弱くなったから、わたしも体を離そうとしたけれど、どうやら腕を離す気はないみたい。
何だろうと思って彼を見上げたら、間近すぎる間隔にわたしはびっくりして・・・けど、次はもう許容量以上のそれを夕吾はわたしに与える。そっと。


「キスしてもいい?」


ためらうように縮まっていく距離に、わたしは答えるよりも目を閉じる・・・というか瞑ることしかできなくて。
ふと一瞬、以前にされてきたキスを思い出してちょっとだけ嫌な気持ちになってしまったけど、夕吾のくちびるが触れて、わたしは新鮮な驚きを感じた。
・・・気持ち悪くなんか、全然なかった。
好きなひとがくれるキスって、こんなに嬉しいものだったんだ・・・。
わたしはその優しいキスが嬉しくて、そう思うことができたことが嬉しくて、思わず泣きそうになってしまう。
好きなひととのキスが、こんなに甘いものだなんて、知らなかった。

 

くちびるが離れて、目を開いた先に優しい光を宿した夕吾の目があった。
わたしは、今までのこと全部と、今こんなに幸せな気持ちにさせてくれている夕吾にありがとうを伝えたくて。
いっぱいの笑顔と感謝をこめて、そっとありがとうって囁いた。


 

 


 

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