意外で厄介な感情

用語

 

 

 

向こうにも話があるのかと思えば・・・謝るとかでもなく、こともあろうか「俺好きになりなよ」なんて・・・何考えてるのよ。もうわけわかんないよ。もう怒ってはいないけどでも・・・受け入れられないよ、今までのこと。
しかも一瞬だけでもあったかいと思ったなんて・・・わたし絶対変。

でも気づいた。あの夜思った「何も変わらないまま」じゃなかった。
あの夜。夕吾はわたしを女扱いしてなかった。わたしには絶対触らなかったし、そういう目でも見なかった。
だけど。
目はいつも気遣う光を浮かべてたこと、わたしは後になって気づいたんだ。
あの言葉を言った時も、表情は全然涼しげなのに、目だけは違ってた。大丈夫なのかって訊かれているような感じ。それにも後で気づいた。
あの時はそんな余裕どこにもなかったし・・・。

「冷たくしてやるから。だから俺好きになりなよ」
この言葉だって・・・夕吾の気遣いがこもってるような気がする・・・それっておかしいよ。
わたしがそう思おうとしてるからそう思えるんだ。・・・・・・てことはわたし、そう思いたいの・・・?
夕吾がわたしに気を遣ってくれたって。心配してくれてたって。何、それ。わたしがおかしいよ。
これじゃまるで・・・まるでわたしが嬉しがってるみたいじゃない・・・。

 

 

 

ガイ・フォークスの後、夕吾はまたサフォークに入り浸るようになった。
何なんだろう、ほんと。でもわたしは今までと何も変わらない・・・ただ夕吾と話をしたってだけで、何も解決はしていない。だから夕方にキッチンに出て行けないのは、変わっていない。
夕吾は前のようにわたしの部屋をノックしにくるようなことはしなくなったし。電話だってかけてこなくなった。・・・てことは、今までの用件はあの夜言ってたことだったんだ。
そこで複雑な気分になるのはどうして?
だって別に、わたしにプラスになるようなこともなかったし、マイナスになることだってなかったはずでしょ。
こんな・・・はやるような切ないような気分になるのは、おかしいよ・・・。
おかしいよ。・・・思い出すのは夕吾のことばっかり。強引だった手、優しかった手、気遣う瞳。言葉。
どうして・・・怖い思いさせられたのに。今のこんな状況を作った原因はヤツなのに。
それでもそれ以上に、ヤツの瞳を信じてしまっているわたしが・・・いる・・・?あの、静かに気遣う瞳を。

でもそれは。それは・・・・・・。

 


『ホタル〜』


こんこん、とドアを叩く音が聞こえて。それに続いた声はフリーダのもの。
こうして彼女がわたしの部屋に来るのはいつものことだから、わたしはすぐにドアを開ける。
そこにいたのはなんだか楽しそうなフリーダ・・・と、いつもの涼しげな顔の夕吾だった。


『えっ!?ちょ、フリーダ何やってんのっ』

『たまにはサプライズもいいでしょ?だってユーゴが悲しそうに「ホタルが構ってくれない」って言うんだもん』

『それは演技だよ演技!だまされたらダメ!』

「話があるってのにまだこもってるヤツが悪いんだろ。何が演技だよ、おまえが出てこないのは本当だろが」


く・・・っ。やっぱりこれが本性だ・・・。
目をじとーっとわたしに向けてくる夕吾に、フリーダの前でわたしは気まずくなる。
はぁ、とため息をついて、いいよ入ればとわたしは夕吾を部屋に入れる。フリーダはそれを見届けて、にっこり手を振って自分の部屋へ戻っていった。・・・フリーダのばか・・・。


「で、何?話って」

「そう構えなくてもいいだろ、俺は優しくなんかしないし」

「・・・」


花火の夜と少しも変わらない、飄々とした様子。そこには本当に、わたしに対する変な態度なんてどこにもない。異性扱いなんてもの、どこにも見当たらない。・・・だからなのかな、やっぱり落ち着く感じがするのは。
でもやっぱり、嫌いっていうか何なのか複雑な気持ちは消えないけど。


「で、考えてみた?」

「・・・何をよ」

「まぁ、考えて好きになれるものじゃないけどな。俺を好きになればってハナシ」

「だからっ!わたしは誰も好きにならないってば!」


わたしの言葉に、涼しげな夕吾の顔はむすっとなるかなと思ったのに・・・びっくりしたことに彼は微笑んだ。


「もう少ししたらわかるよ。ほたる自身、本当は何をしたいのかとか、何を思ってるかとか」

「・・・何言ってんのよ?」

「もっと俺のこと考えたらわかるだろうな。それじゃ話は済んだし、俺はケヴんとこ行くよ」

「え、ちょっと待っ・・・」


じゃあな、と一言、夕吾はあっさり過ぎるほどあっさり出ていった。会話時間およそ5分。
・・・なんだか拍子抜けだ。ほんとなんなの、あの人・・・。

 

 

 

夕吾のことをもっと考える・・・?
無理だよ。これ以上考えきれないくらい、わたしはしょっちゅう悩みこんでは夕吾のことを思い出すんだから。
でも、抜け道なんてどこにも見えないように思えるのに、夕吾はもっと自分のことを考えれば何かが見えるって、そう言うの?・・・本当に何か見えてくるの?

どういう意味なのよ・・・それとも単に、考えて考えて夕吾を好きになれってことなの?
そんなのは無理。夕吾好きになるって・・・絶対、無理・・・。
でもそう思うと同時に、なんか・・・胸が重いっていうか心臓が痛くなるような気分になってきた。
え・・・。


「・・・・・・うそ、でしょ」


嘘でしょ・・・?だってわたしは、それがどういうものか知ってる・・・どんな時にそうなるのか。でも、まさか。
夕吾の言葉につられたの?わかんない。
わかんない。でも・・・うそ。

もしかしたらわたし、ほんとに夕吾好きになっちゃったの・・・?

ううん、まだ大丈夫だ。まだ、確実に好きってわけじゃないはずだ・・・うん、絶対、そうじゃない。絶対。
大体、好きになったとしても夕吾に言うつもりはない。彼に何かしてもらうつもりもない。
夕吾を好きになったとしても、男の人が怖い状態が治るかどうかなんて保証、どこにもない・・・。
大体、男の人怖いくせに夕吾好きとか意味わかんない。
だめ。だめだ、感情的になってて・・・あああもう、頭ぐちゃぐちゃして何が本当なのかわかんない・・・。

気持ちを落ち着かせようと、わたしはラベンダーの香りのキャンドルに焦って火をつけた。
電気を消して、炎の揺らめきを静かに見つめて。香りに身をゆだねて。冷静になるように、落ち着くように、じっと炎を見つめた。

 

ああ、わかった・・・落ち着いてきて、心地よい空気の中、わたしの頭の中はすっきりと思考を始める。

わたし・・・夕吾好きになっちゃったんだ。

容赦なくものを言う、他の男の子のように変に異性扱いしない、でも気遣ってくれるそんな彼に。
なんか嘘みたいだけど・・・多分、そう。
でもだからって別に、わたしは夕吾に言うつもりはないし。
誰かを好きになれただけで、きっとわたしの軽い恐怖症は、ちょっとずつ快方へ向かっているんだと思う。

 

でもそれと同時に、気づいてもいる。
本当は・・・本当は、人を好きになってしまうことすら、怖いと思っていること。
恐怖症は治したい。でも今は、人を好きになることすら怖い。
前は男の子が怖いから、誰かを好きになることなんて不可能なんだと思っていた・・・けど今は違うみたい。怖いと思わなくなったとしても、以前怖いと思っていた男の子を再び信じることってできるのかなと思う。
これじゃあループだね・・・ほんと、一生続きそうな・・・。

どうしよう・・・怖いよ。
多分夕吾のことは好きだ。そう思っても信じることができない・・・好きになることすら怖いと思うくせに、好きっていうこの気持ちを。矛盾もいいところだよ・・・自分でも、全然わからない・・・。
人を好きになる楽しさや嬉しさなんて・・・今はまだわたしには程遠いよ。ただ臆病なままで、怖い・・・。

 

 


 

top  09.実験とその結果