LCR

用語

 

 

 

表面上は、それまでとあんまり変わらない生活が続いていた。
クラスメイトとも話す、フラットメイトとも話す、笑う。そう、普通に。だから気づかれていないはずだ。内心ではびくびくしているのが周りにバレてないかとか、今まで通りに振舞えてるかどうか、気にしてるなんて。
ただひとつ変わったことは、きっぱりと夕吾との接触を避け続けていること。
あれから1、2週間、色々考えていると彼のあの行動がますますわからなかった。あんなの逆効果だ。実際わたしは、実は男の子が怖かったんだって自覚して、怖がりながらも怖くないんだって暗示のように思って接したりして。
イヤだけど、それがスチューやケヴィン、他のフラットメイトの男の子と話す時も作動していて。
それがまた、悲しい。

何考えてたのよ。夕吾は何がしたかったのよ?わたしの中に踏み込んで、自分でも嫌いな部分にいきなり触れて、かき回して。そしていきなりごめんなんて。意味わからないよ。わたしをからかって楽しんでたの?
わかんないよ・・・。

今や男の子は怖い。けど、夕吾はもっと怖くなった。
ドアの向こうから済まなそうに呼ぶ声も、携帯にかけてくる電話も全部全部無視をして。
・・・だからあれから、彼には会ってない。

 

 

 

『ホタル〜・・・鍋、あふれてる』

「うわ!」


悲しいことに、あれから夕ご飯を朝に作っておくなんていう習慣ができてしまって、今日も朝から料理をしているわたしにフリーダは声をかけてきた。
フリーダは眠そうな目にぼけぼけした声音で、わたしの鍋をのぞきこむ。
わたしはあわてて電気コンロから鍋を上げて、シンクで中のお湯を流した。作っていたのは何でもない、ただのスパゲティ。でもミートソースくらいは自分で作るようになってきた。・・・普通に売ってるけどね。

ああもう、ほんとぼけっとしちゃって、注意散漫になってる。
最近はほんと、気分が沈んでてだめ。気を張ったり、考え込んだり、部屋に戻ったらいっきに気が抜けたり。
ほんとにどうしたらいいんだろう・・・。そしてこんな時、夕吾への怒りがふつふつとこみ上げてくる。
これなら、嫌いなんだと思ってる方がまだよかった。男が怖いなんて、知らない方が良かった。そしたらあからさまにびくびくすることもなかったのに。


『ホータール?次はその麺、排水溝に流すつもり?』

『わー!やばいやばい、ありがとフリーダっ』

『ぼけっとしてるんだから・・・』


一番ぼけっとしてるのはフリーダなのに、それに気づいていない彼女は、じゃあまた後でね、と言い残してお茶片手にキッチンから出て行った。・・・と思ったら戻ってきて、しっかり釘を刺していく。


『いーい?絶対逃げちゃダメだよ?今日はみんなでハロウィーン・パーティー行くんだからね!』

『だからぁ、前から絶対行かないって言ってるじゃん・・・』

『だぁめ!引っ張ってでも連れてくからね。何か、仮装になりそうな服用意しとくのよ!絶対だからね!』


返事を聞きもせず、フリーダはさっさと出ていっちゃった。本当に行きたくないのに・・・。
だってパーティー会場はキャンパス内のディスコ、LCR。ハロウィーン・パーティーって言ってるだけで、要は仮装して飲んで踊るだけ。普通のディスコと変わらない。
お酒を飲みつつ踊る。これがわたしの嫌な過去全部を思い出させるのに、またそこに身を置けって言うの?
特にハロウィーンなんて一大イベントで、前みたいなことが起こらないとは言えない・・・嫌だ、そんなの。

嫌だ・・・怖いよ。

 

 

 

『よーっし、じゃあ行こう!』


ギリシャにそんな風習はないのか、妙に張り切るギリシャ人のフリーダを筆頭にわたしたちはこぞってLCRへと繰り出す。メンバーはフリーダ、スチュー、そして同じフロアのエミリー、マット、クレアとわたしの6人。
仮装もそれぞれ、スチューはフランケンシュタインもどき、フリーダは魔女もどき、エミリーとクレアは猫耳と尻尾をつけてひげを描いてて、マットは・・・よくわかんない。蝶ネクタイにパーティー用のとんがり帽子?
何も用意しなかったわたしは、ちっこい角のヘアバンドと尻尾、ステッキをフリーダに無理やり持たされて、悪魔もどきになっている。それ以外は黒いノースリーブのトップとトラウザー。
かわいいかわいい、と満足そうにうなづくフリーダに、わたしは力ない笑みを返す・・・もう引き返せないし。
せめて、そういう出来事に引っ張り込まれないように気を張っていよう・・・できることはそれだけだ。

ケヴィンがいないのが不思議だったけど、後で行くよって言ってたらしいしまあいいか。

 

LCRは押し合いへし合いの大盛況。みんなほんと、イベント大好きなんだもんなぁ。
一緒に来たメンバーも早速雰囲気で乗り気になって、飲み物を買いにカウンターへと一目散。
やっぱお酒は欠かせないのね・・・。
いまいち場の雰囲気に乗れないわたしは、とりあえず飲み物買って、おしゃべりしながら飲むだけ。
みんながほろ酔いになってきてダンスフロアへ降りようと言っても、わたしはあまり行きたくなかった・・・フロアでみんなとはぐれたら嫌。こんなに人がいっぱいで、プラスお酒。誰かに捕まる可能性って高い・・・怖い。
その一方で、わかってることもある。怖がってるのもあるけど、自意識過剰なんじゃないかってこと。
だって、怖い怖いと思ってはいても、その通りになるって決まってるわけじゃない。
頭では思う。そんなのわかってる・・・でもやっぱり、そんな少しの可能性ですら避けたい・・・!


『わたし、いいや・・・』

『えー!そんなこといわないでよホタル〜!せっかくのハロウィーン、楽しまないと!』

『普通のダンス・ナイトと変わんないじゃない・・・』

『でもハロウィーンだろ!ほら、オレなんてフランケンだぞ、悪魔なんだからそれらしく踊るんだ!』


うう・・・スチュー何言ってんだかさっぱりわかんないよ・・・いよいよ酔ってるな・・・。
フリーダのブーイングも痛いし。それに考えたら、みんなフロアに降りてひとりで残るのってちょっと怖い・・・。


『わかったよ・・・でも絶対、いなくなったら嫌だよ』

『もちろん!エミリーたちはいなくなっちゃったけど、わたしとスチューは一緒だから!ケヴィンも後で来るし』


そしてとうとう、わたしはふたりと共に入る隙間もないほどのフロアへ降りていった。
ちょっと時間はかかったけど、ふたりが、特にフリーダが一緒にいてくれてるから段々踊るのも楽しくなってきて。わたしは久々に少しうきうきした気分になれた。来て良かったのかもって、初めて思えた。


『うっわ』
『わあ!』


なのに。起こってしまった・・・。
お願い、みんなと引き離さないで!人の流れが、わたしたちをばらばらの方向に追いやってしまう・・・!
どうしよう、少しでも早くふたりのところにたどり着かないと!でないと怖い・・・っ。
わたしは途端に怖くなってしまって、踊りに夢中で道を開けてくれない人たちに何度もぶつかりながら、わたしはスチューとフリーダが流されていった方向へと向かう。
お願い、こんな場所にわたしひとり残していかないで・・・!


「うひゃ・・・っ!?」


誰かにいきなり肩をがしっと抱かれて、わたしはその方向を向くと・・・それは見知らぬ男の子で。わたしは、頭の中が白くなりかけるのを感じた。ひやっとした感覚が胸を重くする。・・・嫌だ、怖い。
ついに一番恐れていたことが起こってしまった・・・。やっぱりここへは来なければ良かった・・・。
どうやって離れれば・・・!こんなにも怯えているのに、顔はうまく笑えているかと思う自分が腹立たしくて。
早く離れたい・・・。どうすればいいの・・・っ!?
そんなことを考えてる間にも、わたしは肩を抱かれたまま踊らされていて。


『名前なんていうの?』


やかましく鳴り響く音楽に聞こえない声は、耳元へ口を寄せることでやっと届く。
酔った半眼の目が、近くでわたしを見てる。
嫌だ・・・近すぎる。お願いお願いお願い。怖い。離して。でも自分から振り切れない自分が悔しくて。
いらないのに、以前の記憶までよみがえってきそうで・・・余計に不快感が増していく。


『聞こえてる?』


いっそうわたしの近くへ男の子の顔が近づいてきて、わたしは・・・思い切り目をそらしてしまった。


「・・・?」


あ、れ・・・?
わたしは目をそらしただけで、地面にしっかり立ってるはずで・・・なのになんで視界がぐらつくの?


「 Sorry 」


全部が一瞬だった。
わたしはぐいっと思い切り男の子から引き離されて、腕を掴まれたまま人の波に突っ込んでいった。
たっぷり男の子との間に距離と人の壁ができたところで立ち止まって、「 Sorry 」の主がわたしを振り向く。
それはわかりきっていた、ずっと避け続けていた夕吾だった。

 

フリーダとスチュー、ケヴィンが見つけるまでの数分間、夕吾は何も言わずに目の前にいた。
とらえた右手は、そのままで。

 

 


 

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