夕ご飯の代償

用語

 

 

 

あれからというもの、ケヴィンと夕吾はよくサフォークでつるむようになった。
わたしもそれだけ夕吾と喋るようになったし、一緒に日本語講座をやらされることも少なくない。
そうやって今日も夕ご飯時間くらいまでずるずると付き合わされて、どうせならもうご飯作っちゃおうと思ってわたしは冷蔵庫をがさがさし出した。そしたら案の定ケヴィンがご飯をねだってきて、夕吾もいることだし、流れで何か作ってあげることになって。
とかいっても、わたし一応作れるってくらいで全然料理できるうちには入らない。
何かごまかせるような料理ってないかなぁ・・・。無難なものはもう出し尽くしたんだもん・・・。


「いつもごちそうになってばっかりも悪いので、今日は俺が何か作りマス」

「わたしの食材で?」

「う・・・そうだけど」


冷蔵庫とカップボードを見比べて何作ろうかって考えてるわたしのところへやって来て、夕吾が言った。
どうせなら夕吾のお金でテイクアウェイがいいなー、とか思ったりして。でも別にいっか。甘えちゃおう。


『おふたりさんは、何食べたい?』

『スシ』
「鍋」

『ふたりとも却下』


速攻でばっさり切り捨てたコックさんは、もういい聞かねえ、と言って冷蔵庫とわたしのカップ・ボードから適当に見繕って何か作り出した。なになになになに、なんだか手際がいいんだけど?
もしかしてこの人、料理できる?そう思うと、対抗心じゃないけど逆にちょっとだけへこむ。どうせわたしは料理うまくないよ!
夕吾が何か作ってる間もわたしはケヴィンの話相手をさせられてて、何作ってるかは見てなかったんだけど。なんとなく時間かかってるなぁとは思ってた。
その間ケヴィンがしてた話はもーほんっとにあっち飛びこっち飛びで、彼の好奇心の強さを思い知らされた!その中でふっとこの大学レベルの話題に落ち着いた時のネタは、夕吾だった。


『ホター、ユーゴには気をつけろよ〜?』

『なに、どういうこと?』

『おまえ、何言う気だケヴィン』

『ユーゴはホターの前で猫かぶってんだよ。本当はもっと性悪なんだぜ?まだ現してないけど』


そう言って、ケヴィンは悪戯っ子の笑みで夕吾を見た。とは言っても全然余裕の夕吾は、だから何だと言いたげな顔でケヴィンを見返していて。それを見て、確かにこの人の本性をまだ見てないのかもしれないなぁと思った。ケヴィンの軽い暴露に全然動じてないんだもん。あ、それか全然バレても問題じゃないのかもな。
夕ご飯もちょうど出来たみたいで、彼は使った分の調理具を洗ってる。・・・意外にちゃっちゃとした性格?
きちんと3皿に盛られた夕食を見てみると。


「え!パエリヤ!?」

「うん、もしかしてキライだった?あ、ごめん米いっぱい使ってしまったけど」


わたしはふるふると頭を横に振って、おいしそうなパエリヤをまじまじと見た。いきなりパエリヤが出てくるなんて・・・この人できる!おみそれしましただよ・・・ほんとおいしそう。
わたしたちはいそいそとテーブルについて、ケヴィンに昨日教えたばっかりの「いただきます」を3人で言って食べ始めた。・・・絶対レシピ聞こうと思った。

 

 

 

おいしくてお腹いっぱいの満足って、とっても気持ちがいいもので。わたしは後片付けを結構いい気分でやっていた。ケヴィンは食べる専門だし、食器洗いは大の大嫌いだから、結局わたしひとりでやるんだよね。
見せたいものがある、とか言って、ケヴィンは部屋にそれを取りに行っちゃった。単に逃げたんだろうけど。


「お疲れさまでした」


食器を洗い終わると夕吾はにこやかに言って。わたしはいえいえごちそうさまでしたって応えて、食器を拭いてカップ・ボードの中に納めてた。一番下の段だからめんどくさいんだよね・・・と思ってると、ふっとわたしの上に影が落ちた。何気なく見上げると夕吾が見下ろしていて。わたしは意味もなく、内心びくりとする。


「なぁ・・・少し前ケヴィンに肩つかまれたときあったじゃんか、その時すっごいびくってしてなかった?」


うそ・・・気づかれてたんだ・・・!
一瞬で心がひやっと凍って、動悸が早くなる。わたしは張り付いたような笑顔で、落ち着いた風を装った。どこまで効果があるのか、わからないけど。
上から見下ろされて夕吾の影に閉じ込められている、そう感じてじわじわと嫌な気持ちになってくる。ここ最近はなかった男嫌いの発動に、わたしには余裕がなかった。


「え?ううん、別に。なんで?そんな風に見えたの?」

「見えた。・・・もしかして、男が怖い?」

「そんなことないよ?・・・なんでそんなこと聞くの?」


怖いんじゃない、嫌いなんだ!徐々に高まっていく嫌悪感に似たものを胸の奥で感じながら、影から出ようと立ち上がろうとする。と、夕吾がわたしの両肩を掴んでそっちに向かせ、カップ・ボードに軽く押し付けた。
わたしの中の負の感情なんかそっちのけで、近くで見る夕吾はどこか涼しげで静かだった。


「今のほたるが、まさにそんな感じだから」

「っ!」


何勝手なこと言ってるの?!何考えてるの・・・!?
ぐっと両手に力を込めて、真正面から見てくる夕吾に、わたしはもうこれ以上耐え切れない。
あの不快感をもう二度と味わいたくないから、思い出したくないから思いっきり夕吾を押した。けれど強い両手の力に、わたしの体が解放されるわけもなくて。それが何故か、男の子と踊る時に腰を抱かれた時の手を思い出させて、わたしはとうとうこみ上げて来るものを抑えられなくなった。


「一体何なの!?なんで離してくれないの!」

「ほらな、怯えてるだろ」

「誰のせいよ!?」

「俺、って言わせたいの?違うね、おまえの中の男性恐怖症だろ?」


今までの夕吾とはまるで違う・・・この人は誰?
目に意地悪な光をたたえているのに表情は静かで、がらりと変わった夕吾はわたしを見据えている。
手の感触、力、そして決め付けるように言われた今の言葉と意地悪な表情。すべてが嫌で、不快感がせり上がってきて、もう取り繕うことすらわたしの頭にはない。


「うるさい!怖いんじゃなくて、嫌いなの!気持ち悪いの!触らないで!!」

「このままじゃ一生治らないよ、恐怖症」

「だから違うって言ってるでしょ!?離してよ・・・っ!!」


暴れていたわたしの腕を両肩を掴んでいた手で捕らえて、ふいに夕吾はぐっとわたしとの間の距離を詰めた。まったく予想もしてなかったできごとにぎくりとして、わたしは後ずさりの聞かない背中をカップ・ボードにさらに押し付けた。わけのわからない感情が胸の中で渦を巻いていて、ただひたすらこの距離を開きたい。離れたい。嫌だ、気持ち悪い、嫌だ嫌だ怖い・・・!


「!」


そこでふとわたしの思考はぴたりと停止した。今、わたしなんて思った・・・?
怖い?男の子が、怖い・・・?嫌いなんだと思ってたのに?


「・・・ごめん」

「・・・え・・・?」


一瞬何を言われたのかわからなくて、わたしはその近い距離で夕吾の目を見つめた。体は震えていて、離れようと突っ張って言うことを聞かないのに、目は夕吾を見てる自分もわけがわからなかった。
その夕吾は、いつの間にか緩めていた手をわたしのほほに当てた。そこで初めて、わたしは泣いていることに気がつく。
・・・意地悪に問い詰めた目は済まなそうで。意地悪に動けなくした手は優しく涙をぬぐう。


「ここまでやっといてごめんもないけど・・・でも本当にごめん。泣かすつもりじゃなかった」

「なに・・・言ってるの?」

「やりすぎた・・・。きっと悪化させたよな・・・ただ気づかせたかっただけなんだよ」


そう言って、未だ涙の伝う頬を両手で包むようにする夕吾に、わたしは何も言えなかった。頭の中が真っ白で、何にも考えられない。けれど、わたしの体は本能に従った。
まだ言うことがあった様子の夕吾をそのままに、わたしはよろりと立ち上がる。彼の手はすんなりと離れた。そして言葉なくキッチンを出たわたしは、ただ自分の部屋を目指した。
麻痺した脳は何も感じなくて、今自分が怯えているのか嫌悪でいっぱいなのか、それすらもわからなかった。

涙だけ、止まらず頬を伝っていた。

 

 


 

top  05.LCR