Take You Away

 

 

 

『ねぇ、約束だからね?忘れないでね?』

『忘れるわけないでしょ?絶対、また会おうな!今度はテレビの中で』

『うん、絶対ね!だからバイバイじゃないよね?』

『違うよ。またね、だよ』

 

 

 

「橘さん、スタンバイお願いします!」

「はーいっ」


ひとつ深呼吸して、鏡に映る自分を見る。これは『橘 悠里』。
でも目だけは、素の『塚本悠里』でいなければ。でなければきっと見つけてもらえないから。
鏡を見てこう気合を入れるのは、この世界に入ってから悠里にとってひとつの儀式になっていた。
歌手として活動し始めてから、もう何年になるだろう・・・。


「・・・よしっ」


すべての雑念を振り払うように一言つぶやいてから、悠里は自分にあてがわれた部屋から出た。
今日も精一杯歌おう。

 

 

 

プレシャス・プロダクション。
昔はそうでもなかったが最近では割と名の通るようになってきた芸能事務所で、悠里はそこのオーディションで見事合格し歌手デビューを実現させた。
悠里にとって歌い手になることは小さい頃からの夢だったし、持ち合わせていた素質はトレーニングによって更に光るようになっていった。

悠里がデビューしてからもうすぐ3年になる。
歌詞はもとより自作だったが、少し前からは曲も書き始めて、歌手活動はますます充実していた。
チャートの順位も安定しているし、雑誌のインタビューや最近では簡単なモデルもやらせてもらえるようになって、マネージャーである新崎すずかも所長の貴邑 綾も満足気だ。
とはいっても悠里自身にとってモデルなどの活動は、会いたい人に見つけてもらえるようにと、目に付くようにという気持ちでやっているもので。楽しんでやっているが、それほど思い入れがあるわけではなかった。


「はぁ・・・」

(一体どこにいるの・・・どこに行っちゃったの?)


悠里は幼い頃一緒だった、かわいい笑顔の男の子を思い出す。
絶対会おうねって約束したのに、別れなければならなかったあの日からもう10年になる。
デビューしたのは悠里が18歳の時だから、厳密に言えば『テレビの中で会おう』という約束が有効なのは3年前からなのだが。


(約束、忘れちゃったのかな・・・。10年も経っちゃえば、子供の頃の約束なんて忘れちゃっても仕方ないのかな・・・)


最近特に、『再会の約束』を思い出している気がする。きっと、自分にちょっとずつ自信もついてきて、余裕が出てきたからこんなに気になりだしたんだ。考えすぎないようにと、今まで蓋をして放っておいたのに。
引っ越していった彼の連絡先も、悠里にはわからない。会える場所はやはり、この世界だけしかなかった。

ひとりでぐるぐると考え込みながら、事務所のソファで悠里がミルクティを口に運んでいると、勢いよくドアを開けて戻ってきたすずかがきらきらと輝く目で悠里を見た。


「ちょっと悠里、何辛気臭い顔してんのよっ!んもーアタシの仕事っぷりを聞きなさい!すんごいの捕まえたわよっ!」

「なっ、何よ・・・なんか、こわいんだけど・・・」


悠里が少し退き気味に言うと、興奮冷めやらぬマネージャーはお行儀悪くテーブルにだんっと右足を乗せ、啖呵をきる格好で演説を開始する。・・・もしここに所長がいたとしても、手を叩いているだけだろうが。

正直言うと悠里は、歌以外の大きな仕事というものは遠慮願いたかった。そもそも歌手としての活動が好きなだけで、芸能活動自体にはほとんど興味はなかった。
きっと周りから見ると、この世界では珍しい人種なのかも知れないが。


「なんと、あなたのデュエットの話を持ってきたわよ〜!しかもこれがただのデュエットじゃないの!日本からの全米デビューならぬ、全米から日本デビューのボーイとのデュエットよっ!!」

「・・・へっ!?」

「なによぅもっと驚きなさいよ!」

「なんでアメリカからなの!?」

「その子が向こうに住んでるからでしょーがっ。あ、それからゴメン。大げさに言い過ぎたけど、彼は向こうでデビューしてるわけじゃなくて、活動はこれから一切日本でやるつもりらしいわ。だからこれが彼のデビュー作ってわけね。ちなみにウチからよ」

「・・・ふぅん。日本語できるのかな」

「ふぅんとか言わないの!すっごいんだから〜!これまで歌ってた感じの曲とがらっと違うものになるだろうし、話題性もばつぐん!加えて今回のデュエット曲が彼のデビュー作なのよ!?あんた〜これはもう、張り切ってやるしかないでしょ!彼にも失礼じゃない!それに仲間になるんだし、ねっ♪」


異常な張り切りようのすずかに、はははと笑って見せてから、悠里は密かに息をつく。
歌うのは好きだ。すずかの持ってきてくれた仕事だって、もちろん興味はある。だが今は久々に落ち込んでいたし、話が大きすぎて正直よくわからなかった。なぜ自分が抜擢されたのかも、悠里にとっては謎だった。


「これがひとつの転機になるかも知れないわよ。だから元気出して、しっかりね?」

「?」

「悠里、アタシが気づかないとでも思ってたの?あなたの歌はすてきよ。でもね、歌ってるときのあなたの目はいつも切なそう。何かを探してて、寂しそうよ」


どきっとした。
まさか、『塚本悠里』の気持ちがすずかに伝わっているとは、悠里は思ってもみなかった。
それと同時に、少し落ち込む。自分のメッセージはちゃんと伝わる人には伝わってるのに、探している相手には見つけてもらえないのかと思うと。
けれど仕事は仕事、そして願ってもない歌える機会だ。デュエットの相手の人の失礼にならないよう、全力で臨まなければと、私情は絶対に持ち込まないと、悠里は強く思った。

 

英語わかんないじゃん、と思ったが、それは当然後の祭りだった。

 

 


 


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